1997年頃、誰かの紹介で、国際浮世絵学会の大物のA先生が、私の川崎の家に、収集品を見に来ました。3人の教え子を連れてきたのですが、彼らは、先生の意見を拝聴しながら、静かに見ていました(彼ら3人は、後日、私の家に来て、A先生がいないので、楽しく鑑賞していました)。浮世絵研究の世界には、師弟関係のしがらみがあることを初めて知りました。A先生は、私の収集品を評価して、国際浮世絵学会が学習院大学で開催された時、美人画展を催すことになりました。その下見のために、展示責任者のB先生が来訪しましたが、その時も、お供の研究者は、B先生の傍らで静かに私の収集品を見ていました。
展示会の当日、私は、タクシーで作品を持参して、展示の設営を行いました。大会で報告が行われている間は、展示を見に来る人はほとんどいませんでした。しかし、私が声をかけたので、國學院大學の前理事長の佐々木周二氏と理事長の宇梶輝良氏が連れ立って、地方出張の前に私の収集品を見に来てくれたのです(私は法学部長・理事を務めていたときに、彼らと親しくなったのです)。それを知ったA先生は、目を丸くして驚いていました。
大会での報告が一区切りついた休憩時間になると、たくさんの会員が、私のコレクションを見に来ました。その一人が、楢崎宗重先生でした。B先生が説明役をしようとしましたが、私はそれを制して、楢崎先生を案内しました。楢崎先生は、鑑賞を楽しまれたようです。この時、本田正明氏(芸艸堂)をはじめとして、東京伝統木版画工芸協同組合で復刻版の浮世絵を手掛けている職人の方々も見に来ました。彼らは、展示されている美人画の彫りや摺りの見事さに舌を巻いていました。このとき、浮世絵画商共同協会理事長の松岡春夫氏とも知り合えたのは幸いでした。しかし、A先生にもB先生にも媚らなかったので、私は、大会の終了時に懇親会にも呼ばれず、一人で展示品を片付けて帰宅したのです。
その後も、自分の収集品を世に出してくれるように、国際浮世絵学会の大物たちにお願いしなかったので、「錦絵の誕生」展(1996年)以外では、有料の美術展で私の収集品が展示されることはありませんでした(「錦絵の誕生展」の際には、私が出品した栄之の柱絵のコピーが、日本経済新聞の正門の看板絵として飾られました)。大物たちは、新たに見つけた作品に本物とお墨付けを与えることで、自分の権威を高めているようです。他方、彼らは、偽作を本物と間違って鑑定しても頬かむりし、「浮世絵村」で仕事する美術担当記者も、その頬かむりを黙認しているのです。
収集品の展示で一番楽しかったのは、2002年に、國學院大學120周年記念事業として歌麿の浮世絵を、高輪プリンスホテルで展示したことです。法学部では、120周年記念事業として、カンバセレス文書(ナポレオン法典の制定過程を知る上での貴重な資料)を展示することにしました。しかし、それは地味なので、私は、カンバセレスと同時代に活躍した歌麿に注目して、その美人画を同時に展示することを提案しました。その提案は受け入れられて、高輪プリンスホテルの旧館の一室に展示場が作られたのです。私は、内装職人と相談して、人々の自然な目線で浮世絵が見られるように台を作成してもらいました。そして、自分の思い通りに浮世絵を配列し、不十分な知識に基づくものでしたが、解説文も書きました。
展示会は、8月2日から16日まで開催されました。私は、最初の3日間、会場に行き、来場者に絵の解説をしました。しかし、収集家としての知名度がないので、来訪者は、私の知り合いがほとんどでした。しばらくぶりに会えた友人や知人もいたので、幸せでした。4日後には、犯罪学の国際会議に参加するために、海外に出かけたので、その後の様子は知りませんでした。後で聞いたところによると、島津貴子氏が、西武の山口社長の案内で来訪して、私の収集品を高く評価し、その鑑賞を楽しんだということです。
今回は、國學院大學が、山種美術館と提携して、日本の美を渋谷から発信することになりました。そこで、関連企画として、私の収集品が博物館で展示されることになりました。山種美術館では、7月19日から、水の音にちなんだ日本画や浮世絵を展示することになりました。そこで、國學院大学では、広重と国芳の名品を中心として、水を描いている浮世絵を展示することにしました。本展示の特色は、広重の風景画の名品に対峙して、英泉の木曽街道シリーズの鵜飼(初摺り)と、北斎の富嶽36景の3枚と東海道シリーズの亀山を展示することです。また、武者絵の名手といわれた国芳の絵では、南総里見八犬伝の3枚続きの絵と、山海愛度図絵シリーズの9枚が展示されます。2011年には、没後150年ということで、各地の美術館で、国芳の浮世絵の展示が行われ、最近では、国芳の人気が高まっています。本展示会で、浮世絵との出会いを楽しんでいただければ幸いです。(2014年7月11日 記)
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